悠パラ日記【41】一年が経ちました

仙田悠人(2024/10/24)

先週は低気圧が通過していたようで、非常に風が強い練習になりました。1年前とはうって変わって、子供たちは、強風にも負けず、ハイクアウトを見せてくれました。初心者の子たちも、先輩セーラの背中を見ながらどのように走らせるのか、海で学び、一方で、先輩たちは自分の昔を見ているようで写真を思い出して切磋琢磨し合ってくれています。

良い風が吹いたので、練習場所の西側にある島を回航して帰ってくるコースを取りました。平均20ノットの風の中1時間以上に及ぶ、上りを経てようやく島に辿り着きました。回航した島は、かつてはハンセン病の隔離病棟として利用されていた島です。現在は桟橋など朽ち果ててしまって、外観からは、昔の影もないといった感じです。この島の近くには有名なダイビングスポットがあります。そのポイントは零戦が沈んでいてよくダイビングボートが訪れています。リーフの中にあるからか、飛行機の原型をかなり留めているのがわかりました。外国にいながら日本の香りがするこの海面で練習できること、とても素晴らしいことですよね!!

先日10月22日でパラオ滞在が1年の節目を迎えました。青年海外協力隊として派遣され始めたときには、右も左もわからず自分のやりたいこともできず八方塞がりでした。しかし、保護者の皆さんや現地サポーターの温かい支援のおかげで何とか活動することができました。今では、自分がしたい事は何か解像度が向上して、あと1年のカウントダウンが始まったこの生活に悔いが残らないようなパラオ生活にしています。一方で、次のステップを目指して計画的に物事を進めていくこと、これをパラオの生活で1番勉強になったことであります。

海外で暮らすこと早一年、新卒でこのパラオに降り立った私はとても困難が多かったように思います。その1つに、車等の乗り物を運転して移動できないことがあります。しかしながら、どこでも灼熱の道を汗だくで歩いて直談判をしに行くことは、とてもパラオ人に熱意を伝えるには良いことだったとポジティブ評価しています。この作戦は、若さを存分に活用させていただく、卑怯なものでもあります笑

青年海外協力隊の世界的なボランティアとしての強みは「奥地前進主義」であります。アメリカの平和部隊や、他のボランティアよりも、ジャングルの奥地や山岳地帯の少数民族等に接触しながら、与えられた任務に取り組みます。さらに彼らと一緒に生活をしていくのです。

パラオが真の意味で貧困国と定義づけるのは僕なりの解釈では難しいと考えています。もっと生活レベルで貧困を考える国はたくさんあるのが現実です。しかしながら、パラオの青年海外協力隊として人の心の奥底に眠る情熱など心の奥底に寄り添った「奥地前進主義」を掲げて残りの一年を私は活動していきます!

ご一読ありがとうございました。
次の一年も楽しむぞー!!!