日パラ通信 再開します

「2019-2020 日本-パラオ親善ヨットレース」(以下、「パラオレース2019」)のwebサイトで連載した「日パラ通信」。パラオのこと、スタート地点の横浜のこと、そしてレースのこと、と、1年に渡り掲載していましたが、「パラオレース2019」終了後はほぼ休刊になっておりました。

が、
「日本-パラオ親善ヨットレース 2024」(以下、パラオレース2024)の『レース公示』が出てwebサイトもオープンしたこのタイミングで「日パラ通信」も再開せよとの命が下りました。

となると、
webサイトも新たにしたところで、日パラ通信の方も「続:日パラ通信」として新たな体制で始めようと思います。

改めて「パラオレース2019」とは何だったのか。
スタートは2019年12月29日。横浜スタートの国際外洋レースというのも珍しい……というか、初めてか。
フィニッシュはグアム島を遥かにこえて南洋パラオ。距離にして約1,730マイル。日数にして、ファーストホームの〈アルタイル3〉は2020年1月8日にフィニッシュですから約10日。
最終艇〈翔鷗〉が1月11日です。

そこで、思いおこされるのが新型コロナ感染症。
日本国内で初めて新型コロナウイルスによる肺炎患者が確認されたのが同じ2020年の1月15日夜のこと。

……と、ここから3年に及ぶ世界的な新型コロナウイルス感染症の大津波が到来する直前に「パラオレース2019」を終えることができたわけです。もうほんとにタッチの差だったわけ。

そもそも、
中国湖北省武漢で新型コロナウイルス感染者の発症が確認されたのは、2019年12月の中旬。8日か11日か16日かといくつかの説があるようで、その原因も未だにはっきりしないのですが。「パラオレース2019」のスタート時(2019/12/29)にはまさかこれが世界中に広がるとは思いもせず。
筆者などは、スタート直前はインフルエンザへの感染対策に気を使っていたほど。
というのも、その前年に人生初めてインフルエンザに罹り寝込みまして。スタート後はデイリーレポートを書き続けるという誰にも頼れない役割を担っていたため、とにかくここでインフルエンザで倒れるわけにはいかないな、と。電車には乗らず、車でベイサイドマリーナへ通い。スタート後の運営スタッフによる飲み会なんかも誘われたのですが参加せず、一人マスクをしておりまして。

と、レース・スタート時点では新型コロナウイルスの感染拡大でこんなことになろうとは誰も思いもしなかったわけ。

参加艇のほうも、インフルエンザの薬を積んでいた艇もありましたが。フィニッシュ~表彰式の時点でも新型コロナはまったく問題にならず……が、この後急速にコロナの渦は津波のように世界を襲い、パラオからすんなり日本までヨットに乗って帰れたチームは僅かのもよう。

日本では、
屋形船やら横浜港に停泊した客船〈ダイヤモンド・プリンセス〉やらでクラスター発生。フネがらみが多いですが。
日本のヨット界にとって大きな転機となったのが、3月5日-8日に開催される予定だった「ジャパンインターナショナルボートショー」の中止が決まった2月19日からと記憶します。

そこから先は、もう国内の外洋系ヨットレースはほぼすべて中止。
3月24日には「2020/東京五輪」の延期が正式決定。

4月7日には最初の緊急事態措置の発令され、日本全国粛々と自宅に籠もる日々始まります。
いやいやこの時期は本気で籠もりました。なんだか遠い昔のようですが、我が家は記念に庭に芝生を植えたっけ。

……と大騒ぎでしたが、5月から緊急事態措置はしだいに解除され。
2020年9月頃からなんとなく終息の兆しがみえはじめ、ヨットレースもボチボチ再開。

……なんですが年末には再び感染拡大騒ぎとなり、明けて2021年1月から2度目の緊急事態措置が宣言され。いやいや警戒宣言とかまん延防止措置とか。まん防でも同じ県内で重点対象地域とそうじゃない地域があり。夜の8時以降は外でお酒を飲んではいけないとか。あ、東京アラートなんてのもあったっけ。なんだかもう良く解らず。で、2021年5月からワクチン接種が始まります。
で、まるまる3年。なんだか嵐のような3年。途中、よく覚えていません。あ、ワクチン打つの忘れてた

と、改めて振り返れば「パラオレース2019」は奇跡的なタイミングで無事に終えることができたわけです。

そして大会終了後も、日本とパラオとのヨットの繋がりは細々と続いており、
2021年の暮れには、日本パラオ青少年セーリングクラブ(JPYSC)が設立されます。

2022年の春には「2024日本パラオマイクロプラスチック拡散分布調査航海」の実施案内が出され。

2023年の春にはそれが「日本 – パラオ親善ヨットレース 2024」として正式にレース公示が出た、ということです。

いやいやこれ、細々じゃないですね。ヨットを通じた日本とパラオの結びつきは、着々と積み重ねられてきたということです。
どんな着々だったか、こちら「日パラ通信」でぼちぼちお伝えしたいと思います。