ヨットで南洋を巡る ー香料諸島編

ヨットで南洋を巡ってみようではないか──南洋巡航。
前回はパラオから東へ。ミクロネシアでのヨットクルージングの可能性について書いてみました。

今回は、パラオから西へ。かつて日本の委任統治領である南洋群島を裏南洋(内南洋)と呼んでいた頃、表南洋(外南洋)と呼ばれた海域です。

暴力諸島

まずはパラオのすぐ西にあるフィリピン。
島がいっぱいあって地形的にはたいそう魅力的ですが、なんといっても治安が心配。ギャングのボスが警察署長だったりする島もあるという噂ですし。噂ですけど。
筆者もずっと前、グアムから香港までヨットの回航を頼まれまして、途中フィリピンの北にあるバブヤン海峡を通って行くのですが、海賊が出るので銃を持っていった方が良いゾなんて言われたりして。とはいえ、銃なんてどこで買えばいいのよ、だし。その銃、香港から先どーすんのよ、だし。
男が大勢乗っているように見せかけるため、怪しい船を見かけたら服を着替えてキャビンから何度も出入りしろ、なんてアドバイスもあったりして。

ま、このときは怪しい船を見かけることもなく、すんなり香港に着きましたけど。
北の外れの海峡を通過するだけでこれですから、フィリピンの島々を転々と錨泊して過ごすというのはかなり無謀かと。

同様に、パプア・ニューギニアや東チモールなんてあたりも物騒な話を良く聞きます。

スパイス諸島

で、ヨットでクルージングするなら、フィリピンの南で東チモールの北にあるかつて香料諸島(Spice Islands)と呼ばれた島々はいかがかと。
……というお話です。

かつてスパイス諸島と呼ばれたモルッカ諸島(Moluccas)あるいはインドネシア語ではマルク諸島(Maluku)と呼ばれる島々で、現在はインドネシア領になります。

前回の「日本-パラオ親善ヨットレース」開幕前の記事↓、

あたりでもこの海域の歴史とヨットでクルージングしている動画をご紹介しました。この地でしか取れないスパイスがあったため紀元前から大陸との貿易が行われていたようです。
明(みん)からイスラム商人の手を経て西ヨーロッパまで延々陸路で運ばれていたとのことで、それを船で直接大量に運ぶことで自由で安価な貿易となるではないか。
……ということで始まったのが大航海時代。
西ヨーロッパからみれば地球の裏側にあたるわけですが、コロンブスの時代(1492)にはまだ途中にアメリカ大陸があるとは思いもよらず。ひたすら西に進めば到達するはず、と思っていたわけで。マゼラン艦隊が香料諸島に到達したのが1521年。マゼラン自身はその前にフィリピンで戦死していますが。

対してポルトガルはアフリカ大陸を回り込んで西側から東行し1512年にはスパイス諸島に到達。で、このあたり(東インド)はポルトガルの利権となったわけです。
フランシスコ・ザビエルも、「ポルトガルの宣教師」として教科書に載ってましたよね。バスク(今のスペイン)生まれなんだけど。

船乗りの血が騒ぐ

そんな帆船乗りの血を引く我々セーラーとしては、パラオまで行ったら行くしかないでしょ、スパイス諸島へ。
パラオから南西にわずか500マイルで、ハルマヘラ島(Halmahera)。すぐ南にセラム島(Pulau Seram)、アンボン島(Pulau Ambon)、ハルク島(Pulau Haruku)、サパルア島(pulau Saparua)。西にはスラウェシ(Sulawesi)とモルッカ海が広がります。
マラッカ海峡のマラッカ(Melaka)と響きが似ていますが、こちらはモルッカ(Moluccas)。マラッカはマレーシア。モルッカはインドネシアです。全然別の場所。

さて、インドネシアとはどういう国なのか。
インドネシアといえばバリ島を思い浮かべるかもしれませんが、バリはインドネシアでも特別な文化圏だし。インドネシアって、名前は良く聞くけど意外と知らない未知の国です。

というところで、10年近くマレーシアに住んでいた筆者の感覚と独断で東南アジア各国を順位付けをするなら、
1位 マレーシア
2位 シンガポール
ちょっと間が空いて、
3位 タイ
4位 インドネシア
で、結構離れて、
ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー……と続くのではなかろうか、と。

いえいえ、格付けといってもいろんな尺度があろうかとは思うのですが。
たとえば、経済的に最も発展してきたのはシンガポールで間違いないと思うのですが、これがきわめて特殊な都市国家で。マレーシア人でシンガポールを羨ましいとは思っている人はいないんじゃなかろうか。
“明るい北朝鮮”ともいわれる独裁国家で、自由の無い清潔感とでも申しましょうか。

その点、マレーシアはマレー系、中華系、インド系と3つの民族がなんだか良い感じに納まっていて、特にクアラルンプール(KL)ではこれに外国人も加わって国際都市として発展しています。ちょっと猥雑なところがまた良いのです。猥雑加減がちょうど良い感じなのです。

かつては英国の植民地であり英国文化が結構残っていてヨットレースもなかなか盛ん。筆者が入っていたロイヤル・セランゴール・ヨットクラブ(Royal Selangor Yacht Club:RSYC)では年間のシリーズが終わると11月は「ラジャムダ・レガッタ(Raja Muda Selangor International Regatta)」で、これがクアラルンプールから、パンコール、ペナン……ここでインショアレースもやって、最後はランカウイへという全3レグ+インショアレース数本というコッテリした外洋レースです。

……なんですが、クルージングとなると自分が活動していたマレー半島西岸つまりマラッカ海峡側の海岸線は遠浅でマングローブの林となっているところが多く、ヨットでのクルージングに適した錨地はほとんどありません。たぶん東海岸も同じく。
ということで、マラッカ海峡でヨットやるならヨットレースですかね。
「ラジャムダ・レガッタ」の後はランカウイから国境を渡ってタイのプーケットまでは120マイルほど。で、12月の「プーケット・キングスカップ(Phuket King’s cup regatta)」。さらに1月はランカウイに戻って「ROYAL LANGKAWI INTERNATIONAL REGATTA」と連戦すればもうお腹いっぱい。そこに、香港辺りから遠征してくる艇も結構いるのです。

 

インドネシアはどうよ

で、インドネシアの話でした。

インドネシアは、人口2億7千万という大所帯で国土も広く、つまり大国ではあるのですがその分未開の奥地がかなり広がっているようです。
というのも、マレーシアで住み込みのメイドといえばほぼインドネシアの田舎の出の娘さんなんです。
マレーシアとの経済格差はかなり広がっているため彼女らの賃金は激安で。そのため一般的な収入の家庭でも、小さい子供がいる家だと住み込みのメイドを雇っているケースが多かったです。日本でいえば保育園代で住み込みメイドが雇えてしまう、と。マンションにもメイド部屋が最初から設けられています。
インドネシアは言葉がほぼ同じで話が通じるという便の良さはありますが、なにしろ電気が来ていない村から来た若い娘なので、家事を教えるのが大変らしい。

男は建築労働者ですね。なぜか皆毛糸の帽子を被っているからすぐわかります。

と、インドネシアというのはそういう国です。良く言えば開発の余地あり。

で、そんな国をヨットでクルージングしたらどうなのか。

こちら、バンダ諸島(Banda Islands)はスパイス諸島の南部にある小さな島で、オーストラリア側から行くとスパイス諸島の入口になるのでしょうか。
ふむふむ、良い錨泊地があるもよう。
まあ南太平洋とは文化が違うので、最初はちょっとビビるかなぁ、地元の人との出合いに。こういうの、歴史の古い場所ほど新参のクルージングセーラーには手強いかも。

あ、毒虫とかマラリアとかも注意ですかね。
ワタクシ、マレーシアでは都会暮らしでしたが、デング熱に罹ってます。

と、古い文化と島の人々の生活があるからこその不安といいましょうか。観光地ではない土地に観光にいくというか。キャンプ場ではないところでキャンプするというか。クルージングスポットとしては開発途上の地のようで。
そこが逆に魅力なのかなと思うわけ。かつての大航海時代の帆船乗り達も、おそらく同じような興奮で知らない土地に上陸したんじゃなかろうかと思うのです。

スパイス諸島のクルージング情報、なにか入ったらここに書き足していきます。